大阪大学エマージングサイエンスデザインR3センター

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コース3Q&A

テーマ:生物進化の視点から捉えるDNA 複製・修復・組換え 講師:白石 都(2024.4.10)

Q. プライマーゼは特異性を持つ酵素なのでしょうか? →多様なDNA・RNA鋳型に対して汎用できるのか、特定の鋳型には特定のプライマーゼしか利用されないのかどちらにあたるのか疑問に思いました。

A. プライマーゼは一本鎖DNAを鋳型として、短いRNA鎖を合成する酵素です。基本的に配列に依存せず、RNAは鋳型としません。一般的に、一本鎖DNAがあれば酵素活性を示しますが、複製時には他の複製タンパク質との相互作用を介して特定の環境で働きます。

Q. 練習問題2-1の解説において、延期除去修復とヌクレオチド修復の見分け方は説明されていましたが、ミスマッチ修復の見分け方もございましたら解説していただきたいです。

A. ミスマッチ損傷とは、塩基の化学構造に変化がなく、塩基対の形成に誤りがある損傷です。正しい塩基対合は、A:T、G:Cで形成されますが、例えば、A:C、A:G、T:C、T:Gはミスマッチ損傷となります。

Q. 超好熱性細菌のDNA修復酵素に関する質問です。超好熱性細菌は高温条件下を好むとお聞きしました。紹介されましたエンドヌクレアーゼQなども高温条件下で反応効率は良いのでしょうか。またタンパク質は高温で変性するイメージがありますが、超好熱性細菌が持つタンパク質などは何か耐性を持つ仕組みが共通してあるのでしょうか。

A. エンドヌクレアーゼQは常温から高温まで酵素活性を示すことが分かっており、in vitroで最も高い酵素活性を示すのは、75°Cです。常温生物のタンパク質は多くの場合高温で変性しますが、高温でいきる生物のタンパク質は変性しないような性質を持っています。熱耐性の仕組みは様々であり、疎水結合や塩橋の形成やタンパク質コアの密なパッキング等によって熱耐性を担保していることが分かっています。

Q. スライド27: 細菌の複製起点はATリッチな領域でミクロな認識であるのに対し、真核生物の複製起点は、Gカルテット(Gリッチ)やCpGアイランド、クロマチンのゆるみを認識するということでしたので、細菌よりもマクロな構造を認識しているという認識で合っていますでしょうか。その場合ライセンス化の際に、これらの高次構造がほどかれ、ヘリカーゼがそこを認識すると思うのですが、細菌のATリッチ領域が水素結合が少なくヘリカーゼによってほどき易かったということと逆になるのでしょうか。

A.  真核生物の中でも、酵母のように特定の配列上の特徴がある複製起点を持つ生物もいます。しかし、ヒトを含む高等真核生物の複製起点は配列上の特徴を持ちません。次世代シーケンサーを用いた解析から複製起点を決定する研究が行われており、グアニン四重鎖やCpGアイランドとして特徴付けられるゲノム領域と複製起点が重なっているという観察結果が得られています。ただ、グアニン四重鎖やCpGアイランドを認識して、複製が開始されるという結論ではありません。二本鎖を一本鎖に開裂する際に、ATリッチな領域はエネルギー的に有利ですが、(特に高等真核生物の場合は)塩基対合だけでなくクロマチン構造(核酸結合タンパク質の存在とそれに伴う高次構造)が影響します。つまり、高等真核生物の場合はクロマチン構造がオープンになった領域(例えば、転写が活発な領域CpGアイランド)から複製が開始される場合が多いと考えられています。

Q. スライド29: ヘリカーゼについてはhexamerが2つ結合したような形から、それらが逆方向に複製フォークを生成しているかと思います。これには何か理由があるのでしょうか。hexamer一つが片側にフォークを形成することもできる気がするのですがそういったことはないのでしょうか。

A.  複製ヘリカーゼが2つ複製起点に装着すれば、両方向に複製を進行させることができるので効率的です。複製起点認識から一方向のみフォークが形成される機構はこれまで見つかっていません。ゲノムを複製する場合は非効率と考えられます。

Q. スライド32: 古細菌、真核生物にはヘリカーゼが複数種類あると思うのですが、これらの使い分けなどはあるのでしょうか。

A.  細菌を含む全ての生物には複数のヘリカーゼが存在します。それぞれのヘリカーゼには環境(核酸の構造)や状況(複製、修復、組換え)によって、働く場所が決まっています。

テーマ:溶液界面・微粒子の新分析法 講師:渡會 仁(2024.5.8)

Q. レーザーとレンズを組み合わせた分光分析を幾つか紹介されていましたが、そのうちの一つでは、800nm程度まで観察領域を絞り込めているというお話がありました。この場合のZ方向の領域(焦点深度)はどの程度となりますでしょうか。冒頭で液液界面の厚さが1nm程度ということを仰っていたので、どこまで界面の領域に焦点を絞り込めているのかが気になりました。

A.  対物レンズの焦点深度dd = λ/NA2より計算すると、蛍光波長λ = 577 nm, 開口数NA=1.4では、d = 294 nmとなりますので、界面の厚さに比べるとかなり深い範囲を観測していることになります。しかし、蛍光分子のDiIは、水相にも有機相(ドデカン)にも溶けず、界面に吸着した状態にあります。この状態を作るには、水相の上に、微量の希薄なDiIのクロロホルム溶液を乗せ、クロロホルムを乾燥させた後にドデカンを加えます。このようにして、DiIの拡散する範囲を二次元の界面内に制限できていると考えています。

Q. 誘電泳動のイオン雲モデルに関してrDEPの正負が持つ意味合いおよび説明いただいた内容に関する私の解釈があっているか教えていただけますでしょうか。もし異なる場合正しい解釈をご教授いただけると幸いです。

・解釈 スライドでは電極が負の電気を持つ瞬間を想定。粒子はそれに対応して、外側に+の電気がいる。小さい粒子や低い周波数のときは周りのカチオンが揺らぐことができ、カチオン領域がアニオン領域に比べ、大きなサイズとしてふるまうため、rDEPが正となり(カチオンのようにふるまうイメージでしょうか?rDEPの正負が持つ意味合いについてあまりイメージが湧いていないので教えていただきたいです。)、正の誘電泳動を生じる。小さい粒子や低い周波数のときはその逆で、アニオンに近いふるまいをして反発し、負の誘電泳動を生じる。

A.  誘電泳動の正・負を決めているのは、誘電泳動移動度αqの符号になります。低周波数では、角周波数ω=2πfが小さいので、(σp – σm)の項が、高周波数ではωが大きいので(εp – εm)の項が優勢になり、この符号が誘電泳動の正・負を決定します。ここで問題としているポリスチレンの表面はわずかに負に帯電しています。従って、表面付近には溶液中の正のイオンがやや多く分布しています。この状態で交流電場が作用すると、表面付近の正のイオンに揺らぎが生じます。このときの揺らぎの距離は、低周波数では長く、高周波数では短いと考えられます。粒子は、このイオンが揺らいだ状態(ion cloud)を伴って泳動しますので、この時のion cloud を含めた泳動粒子全体の半径rDEPは大きくなり、またion cloudを含む泳動粒子の伝導率σpは媒体(水)の伝導率σmより大きくなり、(σp – σm) > 0 となって正の誘電泳動を示すと考えられます。一方、周波数が高いときは揺らぎの距離が短いのでion cloudの影響は小さく、泳動する粒子の半径rDEPは元の粒子半径に近くなり、粒子の誘電率εpは元々媒体(水)の誘電率εmより小さいので、(εp – εm) < 0 となって負の誘電泳動を示すと解釈されます。なお、大きな絶縁性の粒子ではion cloudの影響は割合として小さく、広い周波数で(σp – σm) < 0、(εp – εm) < 0となって負の誘電泳動を示すと考えられます。

Q. 界面では微粒子の吸着や、アミロイドの凝集がみられるとのお話でしたが、o/w/o型やw/o/w型エマルジョンのような、複数の界面からなる系では、分子の凝集はどのような挙動を示すのでしょうか。また、どのように各界面を分析するのでしょうか。スライド61ページの、ミクロ相分離も、微粒子の中の分離ということで、上記のo/w/o型やw/o/w型エマルジョンのような複数の界面ととらえることは可能でしょうか。

A.  ご指摘のように、o/w/o型やw/o/w型エマルジョンでは、界面を通した二段階のイオンや分子の移動が可能であることから、分離法に利用されることがあります。例えば、w/o/w型エマルジョンの外側と内側の水相の酸濃度が異なる系などは、金属イオンの濃縮に利用可能と考えられます。このときの界面の測定法としては、条件のマッチングが必要ですが、顕微蛍光法や顕微ラマン法が可能と思います。61ページの例はw/o/w型マイクロエマルジョンの液滴にレーザーを照射したときの現象ですが、液滴内部の直径100 nm程度の水滴(通常の顕微鏡では見えません)が、光熱変換で液滴の温度が上昇し、相分離でマイクロエマルジョンが集合して、液滴内に顕微鏡で見える大きさの新たな相を生成します。この内部の相を調べるために、Co(III)-PAR錯体のラマンスペクトルを測定しました。マイクロエマルジョン中の錯体ではアゾ型のラマンピークが大きく、水中のラマンスペクトルではイミン型のピークが大きいことから、内部の相は水相であることを確認しました。

Q. スライド13: DREIDING Force Fieldの式には様々な相互作用力が反映されていましたが、巷でよく言われる疎水性相互作用に関する要素が無いように感じました。これに関しては広義の静電相互作用としてelectrostaticの項に含まれると考えてよいのでしょうか。

A.  この液液系でのシミュレーションでは、水と有機溶媒が二相に分離して混じらない状態が再現できており、その意味では疎水性相互作用が表現できていると言えます。しかし、ご指摘のように、疎水性相互作用を表す独立した項はありません。相分離に最も寄与している項は、お考えのとおり、水分子間の強い静電的相互作用で、これが有機相の溶解を排除していると考えられます。試しに全原子へのformal chargeをゼロにすると、二相は完全に混じり合う結果となりました。かつて「疎水性相互作用」の実体は何かという議論が随分なされ、疎水性分子の周囲に氷様構造が生成するという提案もありましたが、現在はあまり支持されていません。むしろ、水と疎水性分子の相互作用は、Scaled Particle theory(SPT) のところで説明しました水中の空孔生成エネルギー(自由エネルギー)に相当するものであると考えられます。

Q. スライド19: 生体膜の界面活性剤は二本鎖なので高粘度というお話でしたが、これが生物的にメリットとなる現象にはどのようなものがあるのでしょうか。

A.  細胞の二分子膜を構成する界面活性剤は、二本の長い疎水基をもつリン脂質です。この二分子膜は液体と固体の間の適度な流動性をもっていて、二分子膜に埋め込まれているタンパク質(酵素)が、埋め込まれた状態で膜内で二次元的に動いて、外部の細胞膜や酵素等との反応に適した位置に移動できるようになっています。あるいは、外部から細胞内に必要なイオンや分子を取り込み、更に排出するために、膜内のイオンチャンネルタンパク質の配向を支持したり、その移動を支援していると考えられます。このように、生体膜は溶液状態とも固体状態とも異なる、流動的な二次元的支持媒体となって、生体内の分子移動やシグナルイオンの発生に寄与していると考えられます。

Q. スライド42: 金属イオンの溶媒抽出における液液界面の役割は、触媒効果と濃縮効果とありました。濃縮効果については、スライド36のバルク層へ空孔形成するよりも界面に居た方が安定という理論で理解しましたが、触媒効果というのは濃縮効果によって、結果として界面が反応場になるからという認識で合っていますでしょうか。

A.  触媒効果も濃縮効果も、どちらも分子の吸着性に基ずく現象ではあります。触媒効果は、反応速度の促進効果で、例えば有機相に存在する反応物が界面に吸着することにより界面濃度が増大し、水相の金属イオンと界面で反応する割合が増大する効果で、お考えのとおりです。溶媒抽出の場合は、一般に生成物は界面に留まらずに有機相に溶解します。一方、濃縮効果は、水相、有機相内の分子や界面で生成した分子が界面に吸着し、界面濃度が増大して界面で濃縮される効果です。このような界面濃度の増大により界面飽和濃度に近づくと、溶液中では生成し得ないような低濃度でも、界面では二次元凝集体を生成することがよくあります。

Q. スライド58: 赤血球と白血球を分離されていましたが、白血球と血小板を分離する手法は何か考えられますでしょうか。

A.  白血球と血小板の大きさは、それぞれ10-15 μmおよび2-4 μmとかなり差がありますので、磁気トラップ法や、今回ご紹介しませんでしたが、Field Flow Fractionation法(FFF法)が可能かと思います。病院の現場では、連続遠心分離法によって、白血球と血小板を分別採取しているようです。

Q. スライド66, 67: 四重極電極において周波数を変化させると、正負の誘電泳動の方向が変化するのはなぜでしょうか。スライド66の式においては泳動距離が反映されているのみで方向については関係ない式だと思いましたので考え方を教えてください。

A.  誘電泳動の方向を決める、即ち誘電泳動移動度αqの符号をきめるのは、低周波数では伝導率の差(σp – σm)、高周波数では誘電率の差(εp – εm)の符号になります。水中のポリスチレンの場合は、どちらも負の値になり、広い周波数で負の誘電泳動が予想されます。しかし、実際にはポリスチレンのサイズにも依存し、小さいポリスチレンの場合は正の誘電泳動を、大きいポリスチレンの場合は負の誘電泳動を示します。このときの正の誘電泳動は、ion cloud の効果と考えられます。ポリスチレン粒子の表面はわずかに負に帯電しているため、電解質水溶液中では、粒子の周りに正のイオンがわずかに多く分布します。この状態に交流電場が係ると、周波数に応じてion cloudが揺らぎます。この揺らいでいるion cloudと共に粒子は泳動するので、低周波数では揺らぎが大きく粒子は見かけ上サイズも大きくなり、正イオンを含むので伝導率も大きくなります。そして、(σp – σm)が正となり、正の誘電泳動を示すと考えられます。

Q. レーザー光泳動で白血球と赤血球の分離ができるとのことでしたが、レーザー光泳動やその他の泳動を利用した化合物のカラム等は実現可能or研究されている等の事例はございましたらご教示いただけますでしょうか。

A. ご紹介した光泳動力や磁気泳動力は、単一分子に直接作用するには力が小さ過ぎますが、ナノ粒子やマイクロ粒子の光泳動や磁気泳動を仲立ちとして、分子のクロマト的分離を行うことは可能と考えます。レーザー光をオプティカルファイバーに通し、ファイバーの外に漏れる光で流れる溶液中の微粒子をトラップした実験はあります。また、薄層クロマトグラフィーを強い磁気勾配下で行い、常磁性金属イオンの分離を試みた研究があります(M. Fujiwara et al., J. Phys. Chem., B, 2006, 110, 13965-13969)。しかし残念ながら、現在のHPLCに対抗し得るようなカラム分離法にはまだ至っておりません。

テーマ:深層学習の基礎とバイオメディカル応用 講師:新岡宏彦(2024.5.15)

Q. 今回ダルメシアンチェリーのような問題があり、エラー率が0%にならないという話でしたが、そういうものがなければエラー率は0%になり得るのでしょうか?

A. 100%にはならないと思います。2.7%のエラーでも、テスト画像が100万枚あれば2.7万枚を間違えることになります。その中には、ダルメシアンチェリーの類型問題意外に予測が難しい問題も入っていると思われます。

Q. スライド25: 緑と黄色のエリアは一部被っているように見えます。こういったものがエラーになると思いますが、こういった例外的なポイントについても、特徴数が上手く抽出できれば最終的には区別できると考えて良いのでしょうか。

A. 仰る通り、緑と黄色のエリアが被っている部分のデータの予測を間違えやすいと思われます。スライドでは多次元データである特徴量を無理やり二次元に圧縮して表示しており、元の多次元空間では分かれている可能性もありますので、必ずしも間違えるというわけではない点は留意が必要です。特徴量がうまく抽出できれば、精度は幾分か向上し、緑色と黄色のデータがよりはっきり分かれるようになる可能性はあります。一方で、もし完全に分かれたとしてそれが何を意味するのかを考える必要があります。人がつけたラベルが間違っていたらそれは意味のないことですし、一般的に病気の定義というものがきっちり境界線を引けるものではないです。このデータはエキスパートの医師による教師ラベル付けを行っており、その教師ラベルと比較して精度を出しております。

Q. スライド52: Noise 2 void についてですが、落書きの下の正解は色々考えられるように思いました。復元する正解もランダムであればノイズとの区別はできないように思いました。教師あり学習なので一択の正解にたどり着くという認識になるのでしょうか。

A. 仰る通り、教師あり学習ですので、過去に学習したデータから尤もらしい画像を予測することになります。重みとモデルが決まれば出力は一択になりますので、その意味では一択の出力になります。学習データを変更したり、学習回数を変更すると重みが変わるので出力は変わります。

テーマ:分子系の二光子吸収とその応用 講師:鎌田賢司(2024.5.29)

Q. スライド22: 光制限は他の過程との組み合わせで効率化するとのことでしたが、よく理解しきれませんでした。詳細をご説明頂けますと幸いです。

A.例えば、二光子吸収によって生成した励起状態が一光子を吸収する「励起状態吸収(ESA)」などが挙げられます(スライド92参照)。こうすると実効的(段階的)三光子吸収となり、入射光強度にたいしてより急激に吸収が増加することで、光制限としての理想的な応答に近づけることができます。講義では説明を省きましたが、光制限デバイスでは二光子吸収を含む非線形吸収を用いたタイプの他に、非線形屈折率変化(入射光強度で屈折率が変化する過程)を用いたタイプもあり、屈折率の変化を通して光散乱を増加させたり、入射光の発散角を増加させて、透過光強度を低下させるテクニックがあり、それらとの非線形吸収ベースのタイプを組み合わせたものも報告されています。

Q. スライド30: 細胞成育培地としてどんな例があるのでしょうか。

A.ジャングルジムの様な網目状の構造を作ってその中に細胞を成長させて組織の成長を促すものや、針山のような構造を作っておき、その上で細胞を成長させて、その動きや成長の違いを見るような実験の報告例があります。

Q. スライド35, 38: 自然にはできない光学特性, 負屈折材料, 左手系媒体, 音響メタマテリアルが実現可能とのことでしたが、なぜそのようなことが可能なのでしょうか。そもそもメタマテリアルになる理由・原因が何なのか気になりました。自然界には光の波長以下の周期的構造体は存在しないからという認識になるのでしょうか。

A.光などの電磁波は、その波長以下の構造に対しては、構造を平均したものとして応答します。ですので、ある波長の電磁波からすれば、べったりした均一の組成の材料(普通の意味のマテリアル)であっても、不均一な微細で特定の構造を持った材料(メタマテリアルにあたります)のどちらも特性が違う「材料」と見なすことができます。これが基本的な発想で、メタマテリアルという「材料」があるわけでは無く、構造持った部分を「材料」と見なすわけです。電波のメタマテリアルを例に取ると、電波の波長は長い(例えばcmオーダー)ので、mmオーダーで基板上にコイルやコンデンサのパターンを作るとメタマテリアルとして動作します(スライド36)。コイルとコンデンサを組み合わせるとそのインダクタンスと静電容量に応じた特定の共鳴周波数が生じ、その前後で誘電率や透磁率に当たる応答が急激に変化します。このような応答は、その構造の素材となる銅線やプラスチックの基板それぞれ単独では生じない性質で、これらが組み合わさって、特定の形状をしていることからインダクタンスと静電容量が生じて、その特性がでてきます。これがスケールがぐっと小さくなって、nmオーダーに持ってくると、光に対して同じことができ、ガラスやプラスチックなどの素材では起こり得ない応答を、波長以下のコイルとコンデンサーを描くことで可能になります。より詳しい解説が、科学技術振興機構が運営する論文誌アーカイブJSTAGE上の精密工学会誌 (https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjspe/78/9/78_767/_pdf 「メタマテリアルの基礎」加藤純一 著) に出ていますので、参考にしてください。

テーマ:超解像度顕微鏡法(光プローブを中心として)  講師:伊都将司(2024.06.13)

Q. 回折限界によって2次元方向の分解能は波長の半分ほどになるというお話でしたが、シリンドリカルレンズをいれた3次元方向の分解能もどうようの値になるのでしょうか?あるいはシリンドリカルレンズ由来の値になるのでしょうか?

A. シリンドリカルレンズを挿入すると結像系に非点収差を与えてしまい,理想的な結像系と同じような議論ができなくなってしまいますが,ここでの分解能の指標として,単一蛍光分子のように点光源(PSF)とみなしても問題ない大きさの蛍光体をイメージングしたときのスポットサイズを考えます。そうすると,XY方向のスポットサイズは,XYのアスペクト比が等しくなる蛍光スポット形状において,シリンドリカルレンズがない場合に比べて幾分大きくなるので,分解能が多少低下することになるかと思います。Z(光軸)方向に関しては,もともと光学顕微鏡の高軸方向分解能が低いので大きな変化はないと考えて良いと思いますが,XZ平面で切り出したZプロファイルとYZ平面上のそれでは,最も径の小さくなるZ座標が異なるので,平均を取れば理想的な結像系に比べるとこちらも幾分分解能が低下したと言えるかと思います。ただ,講義でも申し上げたとおり,シリンドリカルレンズの挿入による非点収差の導入とローカリゼーション法による分子の位置推定を行うことで,回折限界を超えた3次元の分子の位置決定が可能となりますので,結像系としての分解能の低下があったとしても,非点収差を導入するメリットがそれを上回っているということかと思います。

Q. 海島構造の部分の解析に関しての質問なのですが、今回の場合だとXY方向での分布については分かると思ったのですが、Z軸方向に関しては、どのように空間が広がっているか、分離できているのでしょうか。それとも今回の資料の画像はZ軸方向に関して平均化された画像になっているのでしょうか。

A. 今回の講義で紹介しましたデータでは,3次元の蛍光分子の追跡は実施しておりませんので,ご推察の通りZ方向に平均化された画像になっております。なお,今回の試料では「海」部分のポリマー膜厚が70-80nmと非常に薄く,3次元追跡を適用するには薄すぎる試料であったという事情もありました。もう少し厚い試料ですと,3次元追跡を行うことでZ方向に関する情報も取得可能になると予想されます。

Q. スライド18: 単一分子かそうでないかで、コインシデンスが起こるか否かが変わるということは理解できました。スライド18において、単一分子では0ns以外に4種の時間で検出されていると思いますが、分子集団では0ns以外に2種の時間で検出されていると思います。これは横軸が小さいから2種しか検出されていないように見えているだけという認識で合っていますでしょうか。

A. はい,そのとおりです。横軸を拡げますと,パルス間隔の整数倍のところにピークが現れます。


Q.
 スライド65: シェル状のレーザービームで三日月状の励起域を絞ることに成功したというお話でしたが、なぜそのようなことが起こるのでしょうか。また、レーザーの形状を変えるのはどのように行うのでしょうか。

A. レンズでの光の集光はフーリエ変換で記述できると申し上げましたが,集光位置で3次元的に見るとシェル状(XY平面で見るとドーナツ状)の光の強度分布を実現するために,そのような光の強度分布を逆フーリエ変換した光の状態を,空間光位相変調器(レーザー光の位相の空間分布を制御可能なデバイス)などで作り,対物レンズで集光することで,目的の空間分布を持った集光スポットが実現できます。空間光位相変調器は例えば浜松ホトニクスなどから市販されています。

Q. P87あたり、のフォトレジスト中へのゲスト分子導入による実験を非常に興味深く思いました。ホストの高分子がだいぶ柔らかそうで、ゲストの蛍光分子がだいぶ大きく硬そうな印象を持ちます。今回の結果はホスト高分子をもう少しリジットにすると結果が変わってくるでしょうか。また、ゲスト分子としてもう少しコンパクトなものは選択肢にあがらないでしょうか。

A. ご推察のとおり,ホストの物性を変えるとゲスト分子の挙動も変化します。例えばホストがリジッドで分子量が大きく,ゲストのサイズから見て異方的なミクロ環境であれば,ゲストの動きもその環境に依存したものとなります。話が少しそれるかもしれませんが,例として,液晶に入れたゲスト分子の動きは(場合によりますが)液晶の配向方向とそれに対して直行する方向では変わってきます。
 ゲストのサイズに関してですが,一分子観察可能なほど光に対して耐久性が高く,蛍光量子収率の高い分子は現状限られており,発光プローブとしてはより小さなものが望まれているのですが,まだそのような分子は開発されていないと思います。ベンゼン1個程度だと小さくて良いのですが,発光がUV域になってしまい,1分子検出が難しい状況です。

Q. 膜厚依存性について意見を伺いたいです。今回は1um程度の厚膜ですが、数十nm程度に薄膜化しても同様の実験は行えるのでしょうか。

A. 現状,シリンドリカルレンズを用いた3次元の分子追跡の精度が,非常に良い場合でも20 nm程度(半値幅,スライドP76)で,干渉を用いた3次元イメージング(スライド P77)ですと10-20nmですので,数十nmの膜の厚み方向の情報を詳細に取得するには分解能が少々不足しているかと推察します。ただ,20nm刻みくらいの分解でよければ,何とか測定可能かもしれません。

Q. 蛍光分子を取り込むことで物性が変化したりなどが考えられます。蛍光物質の選定の際に気を付ける点などありますか?

 A. 蛍光を検出することがまず前提ですので,ホスト物質との相互作用で蛍光の消光が起こらないようにする必要があります。また,仰るとおり,蛍光分子によってホスト物質の物性に変化が起こると何を検出しているのかが分からなくなってしまいますので,こちらも注意が必要です。ですので,一分子の測定を実施する前に,一般的なUV-Vis吸収分光測定やIRスペクトル測定,蛍光スペクトル測定などで蛍光分子の添加がホスト材料にどのような影響を与えるかを調べておく必要があり,非常に重要な予備的検討です。

テーマ:バイオメディカルイメージング   講師:近江雅人(2024.06.26)

Q. P1-16のグルコース濃度増加グラフにおいて、1300 nm付近も濃度が増加しているように見受けられますがこれは何を示しているのでしょうか。

A. 紹介した研究会誌の内容によりますと、波長1500nm~1800nm域で吸光度が上昇し、逆に1400nm~1500nm域で吸光度が下がるようです。この下がり始めのすそ野が1300nm付近になっているようです。
この原因としては、グルコース濃度増加に伴う水の体積分率減少によって生じる媒体の吸収係数減少に起因すると考察されています。波長1500nm~1800nm域(主に1600nm付近)は純水にグルコース濃度増加に伴う、グルコース吸収帯波長域での吸収係数増加に起因するとのことです。

Q. P1-23のレザフィリンはがん組織を認識しているのでしょうか。がん組織に対する特異性が低い場合はレーザー照射の焦点を絞るなど操作に工夫が必要になるのでしょうか。

A. レザフィリンの対象はがん組織(悪性腫瘍)です。時間が経過し代謝されてがん組織への特異性がなくなってくると、レーザーを照射しても光化学反応が起きず、治療ができなくなります。
スライドの食道がんの治療の場合、レザフィリンを静脈注射してから4~6時間後にレーザー照射の治療が行われています。また、悪性脳腫瘍の場合には静注後、22~26時間後にレーザー照射を行います。

テーマ:超分子とナノマシン   講師:山口浩靖(2024.7.3)

Q. 自己修復材料としての超分子を少しだけ紹介されていましたので、お伺いさせてください。現在、世の中に実装されている自己修復材料は、弾性回復を利用したものであり、キズそのものが修復するものではないと認識しています。 超分子を利用した場合の自己修復は、キズそのものを修復できることができる一方、分子運動を利用するために材料自体にある程度の柔軟性が必要となることから、社会実装する際には強度・硬度が不足となる場合が多いと認識しています。
1.上記認識は先生のご認識と合致しておりますでしょうか
2.1.が合致していましたら、強度・硬度の向上にはどのようなアプローチがあり得ますでしょうか

A. ご指摘の通りだと思います。超分子科学的に自己修復する場合は相補的な関係にある分子間相互作用部位同士が近づく必要があります。高分子の側鎖に相互作用部位を導入した場合、異なる高分子間の相互作用部位が接近することで、はじめて分子間の架橋部位が形成されます。そのためには高分子の分子運動に自由度が必要で、その自由をもたらすには柔軟性が必要です。

水素結合、配位結合、ホスト―ゲスト相互作用など、超分子科学的な相互作用(非共有結合)の強さは共有結合よりも弱いために、強度・硬度の上では改良の余地があります。高強度・高硬度の特性を付与しようとすると、上記の相互作用部位の接近が難しくなったり、材料中の分子運動を増すような条件に持ち込む(湿度や温度を高くしたり、溶媒を添加したりする)必要がありますが、以下の因子を考慮することで強度や硬度を改良することは可能であると考えられます。

〇多数の超分子科学低相互作用部位を導入して、多点で相互作用できるようにすることで相互作用部位同士が接近する確率を上げます。1つでは弱い分子間相互作用でも多点系ではその数分だけ(足し算ではなく)乗数として相互作用が強くなります。また、最近では、分子運動を持続できる架橋部位を高分子に導入することで強靭性材料が開発されています(動的架橋)。

〇高分子の絡み合い(らせん構造)を利用するのも一つの改良案かもしれません。我々の体内にあるコラーゲンもその一例ですが、アキレス腱にも存在する強靭性材料です。コラーゲンは三重らせん構造を有しており、それがさらにらせん状に高次構造を形成し、方向性のある強い材料になります。一度ほどけた高分子の鎖が、また材料を接触させるだけでらせん構造が誘起され、高分子間で絡み合うことでキズが治るような材料創製が合成高分子系でもできたら目的を達成できるかもしれません。

Q. 生体ではRhを用いた触媒が無いので、Rh人工触媒を作成されたというお話でしたが、生物がRhを選択しなかったのには何か理由があるのでしょうか?Rh触媒を作成されたことで何か気づかれた点などございましたら教えて頂けますと幸いです。

A. 生物の進化の過程では、生体がRhのような遷移金属元素は出会う確率はほとんどなかったのかもしれません。やはり生物は生体内で製造できない成分を食べ物から摂取しなければいけないために、Rhは簡単には入手できなかったと考えるのが妥当のように考えます。逆に、生物が利用する環境になかった元素や分子を生体システムに導入することで、今までに私たちが予想もしなかった機能を発現させることができるのではないかと期待できます。
 今回ご紹介した抗体を例に説明いたします。初めて生体が接する化合物を排除するために機能するのが免疫システムです。この免疫システムの中で最も重要な役割を果たしているのが、異物にジャストフィットする抗体です。抗体は、生体外成分を超分子科学的に結合することができます。生命活動維持のための機能を化学の触媒系へと応用したのが、今回の講義で紹介させていただいたものになります。人工系で優れた触媒能を発揮する生体外成分「遷移金属錯体」と、優れた分子認識能を有する生体内成分「抗体(不斉環境を与える因子)」がドッキングすることで、はじめてテーラーメイドの不斉触媒を創製することができました。生体高分子と合成分子(元素)の接点にはまだまだ面白い出会いがありそうです。

テーマ:表面・界面における超分子集合体の形成と化学反応 講師:田原一邦(2024.7.17)

Q. スライド22: STMには二つの測定モード(①高さ一定②電流一定)があるとのことでしたが、これらはどのように使い分けられているのでしょうか。

A. 知りたい情報によりますが、試料の凹凸に合わせて探針の高さが変わる②電流一定モードで測定することが標準的です。①高さ一定モードですと、試料の凹凸によっては画像を得ることが困難な為です。

Q.スライド49: 講義中に説明がなかったかもしれませんが、D,Eの図は3Kの違いで、空孔内での分子集合体の回転方向が逆になっているものと解釈しました。もしそうであれば、なぜこのように回転方向が逆になるのでしょうか。それとも両方の回転の分子が観測されるということでしょうか。

A. 説明不足で申し訳ございません。ここでは 3 K の違いは空孔内での回転方向に影響していません。回転方向に異方性は無く、どちらも等しい確率で出現します。ここで示している 2 枚の STM 画像は異なる空孔を、回転が始まる温度以上(3 Kの違いはありますが)で撮影したものと思われます。

Q. 非可逆反応を用いると分子集合体に欠陥ができやすいとのお話でした。この欠陥を無くすための方法として、可逆反応を用いるのが1方法だと思いますが、他に方法はあるのでしょうか。例えば、ゆっくり、少しずつ分子を投入することで欠陥を少なくできるなどは考えられるのでしょうか。

A. 表面に分子を導入する方法には、主に、真空下での昇華法(蒸着法)と、溶液のドロップキャストがあります。前者はある程度の分子の導入量を制御できるので、欠陥の減少につながると思います。その他には、反応性中間体(主にラジカル種)の表面での拡散速度や、反応の制御が欠陥の抑制に有効で、報告されております。

Q. スライド72: GNR(N=7)が電極に接合しなかったのが問題とのことでしたが、GNR(N=9)では上手くいったのはなぜでしょうか。

A. 電極と接合する GNR の幅や長さが影響していると考えられます。GNR (N = 9) の方が幅が広いこと、合成された GNR の配向性も GNR (N = 9) の方が良好で、電極接合に影響したと思われますが、参考論文に明確な比較はございませんでした。

Q. Scanning測定においては高精度に針を移動させる必要があると感じたのですが、その高精度の移動はどのように実現しているのでしょうか?

A. 探針の動作は、筒状の圧電素子により制御されています。筒状の圧電素子に電極が3枚繋がれており、そこへ印加する電圧の大きさで筒の形状を周期的にナノメータースケールで変形させて、駆動しています。

Q. 最後の応用のところで合金ができていて、特徴のある構造のものもできていると説明があったかと思うのですが、特に水の電気分解触媒への応用に置いて性能が上がった要因について教えていただきたく。またこのようにして作った触媒は将来的なブレイクスルーがあれば、大量生産できる見込みはありますでしょうか。先生のご感覚をご教示頂けると幸いです。

A. 水素発生反応において、触媒金属の水素結合エネルギーが鍵となります。強すぎず、弱すぎない触媒の水素結合エネルギーが重要です。単体では、Ptが最適な水素結合エネルギーを示します。他の金属を合金化することで、この触媒の水素結合エネルギーを制御することが可能です。合金化は触媒中の Pt の含有量を減らすことにもつながります。合金にある程度の活性があれば、Pt のみよりも調達コストを下げられる可能性があります。この研究は、この点を、Scanning probe block copolymer lithographyでの合金作成技術で実現した点に進歩があったと思われます。大量生産は現時点では難しいですが、少量でも高性能な材料が作成できれば、何らかの用途はあると感じています(曖昧な回答で申し訳ありません)。

Q. トリメシン酸から成るハニカム構造にコロネンが捕捉されたホストゲスト化合物が紹介されていましたが、空隙にコロネンが入っているのはどのような相互作用なのでしょうか。サイズ依存税が強いのでしょうか。構造的には空隙中は疎水性であり、コロネンも疎水性であるため、疎水性相互作用が駆動力であると想像しております。

A. サイズと形状が一致がとても重要です。そのなかで、トリメシン酸とコロネンの間にはvan der Waals相互作用と、トリメシン酸のカルボニル基とコロネンの水素との間の水素結合相互作用が駆動力となっています。

 Q. 3つのゲスト分子が捕捉された分子が紹介されていましたが、捕捉される順番等はわかっているのでしょうか。どれか1種類が捕捉されると他の種類のゲストの捕捉の速度は早くなったりするのでしょうか。

 A.補足される順番は分かってませんが、コロネンの周囲にイソフタル酸が六分子囲み、それがカゴメ構造の六角空孔に収容されていると想定しています。明確な回答になっておらず申し訳ございません。

テーマ:発光・蛍光タンパク質プローブ  講師:永井健治(2024.10.9)

Q. GFPが非常に安定なタンパクというお話がありましたが、それには生物学的意味はあるのでしょうか。蛍光タンパクや、発光タンパクには安定なものが多いのでしょうか。

A. 残念ながら生物学的な意味については分かっていません。オワンクラゲ型の蛍光タンパク質は全て構造的に安定なβバレル構造を有してます。
一方、発光タンパク質の構造は多様で、一般的にはそれほど安定ではありません。島津製作所で開発されたpicAlucはタンパク質内にジスルフィド結合を有することから熱的にかなり安定です(80度で10分間の過熱後でも80%以上の活性を維持)。
https://www.shimadzu.co.jp/news/press/3dzmjf2p8wyq6cw5.html

Q. スライド30: Caセンサーで波紋様の模様が見えていますが、これについても、不整脈の例同様、1つの細胞が起点となり、周りの細胞へシグナルが伝播する様子を捉えたものと理解して良いでしょうか。

A. その理解で合っています。

テーマ:細胞操作メカノバイオマテリアル  講師:木戸秋悟(2024.10.30)

Q. AFMで材料-タンパク間の相互作用力を測定可能とのお話でしたが、AFMプローブの先についているタンパクの向きなどが、測定値に影響することはあるのでしょうか。(方向を決めて取り付けるのが困難であるとすれば、測定値のバラつきは殆どないのでしょうか。)

A. AFMプローブチップへのタンパク質の取り付け方にも依存します。例えば何らかのタグを利用してタンパク質の
特定の部位を定義してチップに結合させた場合、AFMでフォースカーブ測定を行う際の、タンパク質の基材表面間の接近過程では、タンパク質の向きはある程度揃えられます(ただし熱ゆらぎがありますので基材への付着界面の形成過程はある程度確立論的になります)。例えば、疎水面と親水面がタンパク質の表面上で特定の部位に偏っているような場合には、タンパク質の向きを定義した測定がより正確です。

一方、AFMフォースカーブ測定は、チップと基材の接近と離脱の測定サイクルを特定の周波数で何十、何百と繰り返して測定し、統計的にデータを確認します。上のように熱揺らぎがありますし、タンパク質が基材に接地する姿勢も毎回まちまちですので、統計的アンサンブルとして扱い得るデータ数を得てから、測定の分布を確認することが必要です。

タンパク質のチップへの固定姿勢を特に定義した場合でも、この統計的アンサンブルの中で付着力はゆらぎます。
チップへの固部姿勢を、いろいろなタンパク質表面の官能基を利用していろいろな向きを含む条件とした場合でも同様に測定値はゆらぎますが、固定姿勢を定義した場合と特に定義しない場合とで、顕著な有意差が出るかどうかはタンパク質の構造特性によります。いろいろな固定部位を許容する測定では、タンパク質修飾チップのN数と、フォースカーブの測定数n数を十分増やせば、溶液中で拡散して基材に飛来するタンパク質のいろいろな向きでの付着機会を統計的に評価することができます。

ですので、固定姿勢を定義する場合、しない場合では、それぞれに目的に応じたメリットデメリットがありますので
検討の意図によってタンパク質固定法を分子論的に決定することが大切になってきます。

Q. 応力がクロマチン構造を制御するという話が興味深かったです。ただ逆に考えると、外的刺激によって容易に遺伝子が発現してしまうようにも思いました。これは、クロマチン開閉の部分に応力以外の要素が必要なのか、遺伝子が大量発現したうえで不必要なものが排除されるのか、どういった遺伝子制御機構になっているのでしょうか。

A. 遺伝子発現の調節は典型的には転写調節因子の発現状況や、プロモーターの強度といった転写関連分子の活性や動態、そしてヒストンやDNAのエピジェネティックな修飾状態の制御などの生化学的制御が行われており、そちらがまず第一に根本的に重要です。
これらに加えて遺伝子発現調節の別の一大モードが、クロマチンの高次構造制御(例えばDNAの折りたたみ構造の制御)に依存した調節であり、こちらは古くから知られているように、クロマチンの凝縮度が転写関連タンパク質の接近や反応性に影響することで転写が制御されるといった応答です。クロマチンの凝縮高次構造がゆるんだり、しまったりすることが転写関連タンパク質のDNAへの結合に直接干渉すれば、高次構造自体が遺伝子発現を調節するメモリーとなっているとの考えもよく議論されています。
外部からの核への力学的刺激は、機械的に核内部のクロマチンの高次構造を制御できます。上のクロマチンの凝縮度
調節はDNAの塩基配列の特徴や凝縮タンパク質の分布で調節されると考えられる一方、それは機械的にダイレクトに
ゆるめたり、しめたりもできてしまうもので、外部からの力学的刺激はこのような役割を果たして、従来から知られているクロマチンの高次構造制御に依存した遺伝子発現調節を行う別のモードであると考えていただくとよろしいか
と思います。

Q. 細胞応力と細胞の硬さは相関しているという話でしたが、細胞が硬くなることは、生命現象として何か意味(利点)があると考えられるのでしょうか。

A. 細胞の硬さは周囲の力学的特性との相互作用によって決まります。細胞と周囲の呼応関係の中で自然に誘導される
硬さを細胞はとるようになる、という意味で細胞が硬くなることは一種の応答であって、能動的に硬くなろうとしてなるという性質の現象とは異なると考えられます。興味深いことですが、がん組織は一般に、組織そのものは正常組織に比べて硬くなってきますが、がん細胞そのものはがん組織の中で特に硬くなっているわけではなくむしろ細胞骨格の代謝回転が速くなっていることに起因してむしろ軟らかくなっていることが知られています。
その場合の内部応力状態ががん細胞の特有の細胞活動の特徴と相関しており、がん細胞の遺伝子発現や表現型の勝手に関わってもくると考えられるのです。

テーマ:分子動力学シミュレーションを用いた分子集合系のミクロ解析 講師:松林伸幸(2025.1.15)

Q. 水の溶解性についてお話しいただきましたが、新規分子の構造から溶解性の良い溶媒の選定等は可能でしょうか。合成時の分液やカラム等での有機溶媒の選定に便利だと思いました。

A. 溶解性は、(溶媒中での溶解分子の安定性)-(純物質中での溶解分子の安定性)です。純物質が固体のときには安定性を規定する自由エネルギーの計算が大変ですので、上の引き算では第2項が難しいことが多いです。ただし、溶解分子を固定し溶媒を探索するのであれば、(純物質中での溶解分子の安定性)は定数になりますので、溶媒の好ましさのランキングをつけることができます