コース1 Q&A
テーマ:量子シミュレーションとデザイン 講師:吉田 博(2024.4.8)
Q.どの近似方法(LDAvsPSIC-LDAなど)を採用するのがより妥当かの判断は、ある程度理論的に予想できるかもしれませんが、最終的には実験結果との整合性からされることになるのでしょうか。またその時どの程度整合性があれば現実とよく合っているかの指標などはあるのでしょうか。
A.遷移金属や希土類金属のように、内殻に同じ軌道角運動量を持つ軌道がない3d波動関数や4f波動関数は、内殻と直交する必要が無いので、強く局在しています。このような系では、同じ軌道に入った逆向きスピンをもつ電子間のクーロン相互作用(U)が強く、LDAは不完全であり、自己相互作用補正(Self-Interaction Correction; SIC)の効果をLDA計算に取り入れる必要があります。光電子分光の実験では一粒子グリーン関数の虚数部分を観測しますので、これらと第一原理計算で得られた状態密度を比較することでSICの効果をみることができ、実験と定量的に一致する計算手法を選択します。
先に述べましたように、3d遷移金属や4f希土類金属のように3d波動関数や4f波動関数が局在している系ではSICの効果が大きく、これらを取り入れる必要があります。GaNなどでも、第二周期のNの2p軌道は、直交する内殻電
子が存在しないためNの2p軌道は比較的局在して大きなバンドギャップが出ますので、このような系でもSICの効果は重要になります。
 また、SiやGaAsなどの通常の半導体でも、励起状態と基底状態のエネルギー差であるバンドギャップ(Eg)はLDA計算では正しく記述できませんので、これらの励起状態が絡む物理量ではSICが必要になります。
Q. スピノーダルナノ分解による(GaTM)Nのエピタキシャル成長のところで、分圧を制御することで、線の細さを制御できるというところが非常に面白いと感じたのですが、どのような物性的な変化が起きるのかがとても興味が湧きました。
A.分子線ビームエピタキシャル成長(MBE)などを用いて融点よりも低い温度での非平衡結晶成長を原子層成長(Layer-by-layerの成長プロセス)でおこなうと、TMを均一にドープした場合GaN表面上を二次元拡散するTM間には引力が働いているので、拡散中に出会うと対を作ったほうが安定になります。丁度水と油を混ぜたような状態になります。このようなプロセスにより、TM-Nのナノ構造領域が広がります。原子層成長で次の層を制成長させるとき、下地にありTMと表面を拡散するTMは下地のTMの引力により、下地のTM-Nナノ構造の上に集まってきます。このようにして、二次元結晶成長では昆布層が作られます。この場合、TMの蒸気分圧を下げると、結晶成長のためには金属原子であるGaの分圧を増やす必要があります(平行状態から大きく外れないようにするため)。TMの分圧が低いとTM同士が表面上を拡散していって出会うチャンスも少なくなるためTM分圧の高いときと比べて小さいTM-Nのナノ領域が形成されます。これらを繰り返して行くとより遅い昆布相が成長することになります。TMの蒸気分圧を元に戻すと、もとの太さに戻るため、分圧を制御してナノ超構造(昆布層)の形状制御が可能になります。もちろんこれらは、拡散スピードを制御できる基板温度や結晶成長スピード(原子層成長スピード)を変えることでも形状制御が可能になります。
 物性的には、興味深く、構造材料として使う場合には力学的な構造変形を司る転位などはナノ超構造の界面で止まりますので、構造的に強靱な材料を作ることもできます。二種類の水と油のように混じり合わない高分子のスピノダルナノ分解を利用して強いプラスチックを付くことも可能だと思います。電子論的には、例えば熱電材料などでナノ超構造の界面でフォノンを散乱し、熱伝導を小さくし、一方で昆布相などを電気的に伝導性のある半導体などで構成し、熱は伝えないが電子や正孔は伝えるといった高効率熱電材料への応用も可能です。太陽電池材料では、後期の講義で取り上げる予定ですが、スピノダルナノ分解により、Type-IIのナノ超構造を自己組織化で作製し、電子の伝わるナノ構造と正孔の伝わるナノ構造が実空間で異なる領域を走り、太陽光で作製された電子と正孔を実空間で分離し、再結合しない自己組織化ナノ超構造を利用した高効率太陽電池材料なども考えられます。もちろん強い磁石の作製のために大きな形状磁気異方性を利用するためにスピノダルナノ分解を使うことも可能です。アルニコ5という昔の磁石は、サイズはミクロンクラスですがスピノダル分解を利用して大きな結晶磁気異方性を得ていると思われます。どのような物性機能の自己組織化ナノ超構造による高度化が可能であるか考えてみてください。世界が広がると思います。
テーマ:固体中の電子 講師:白井 光雲(2024.4.22)
Q. 講義中にもありました、「ブリユアンゾーン境界面にフェルミ面が直交する」ということがあまり理解できなかったので、教えていただきたいです。
Q. 「エネルギー分散がブリユアンゾーン境界面と垂直に交わるから、エネルギー分散とフェルミエネルギーの交点の集合(=フェルミ面)がブリユアンゾーン境界面と交わるような系では、それらは垂直になる」と理解して大丈夫でしょうか。
Q. ゾーン境界面でバンドギャップが生じたとしても、エネルギー分散はゾーン境界で尖っても良い気がするのですが、なぜ滑らかになるのでしょうか。
回答はこちら
Q. (Mott)絶縁体と,消滅測についてより詳しく知りたいと感じましたので,良い文献などありましたらご教示ください。
A. Mott絶縁体については電子相関を扱う教科書では大体出ております。
岩波講座、「現代の物理学」では
金森順次郎ら「固体―構造と物性」
山田耕筰「電子相関」
とかあります。私には山田著は数学的記述部分が多く、あまり頭に入らなかった印象があります。もっともそれは私が数学的記述に弱いという個人的な問題によるところが大ですが。むしろ英語ですが、
H. Alloul, Introduction to the Physics of Electrons in Solids, Springer, 2007
が私には理解しやすかったです。原理はともかく実験事実がよく引用されて、現象をよく説明していて、私はこういうものが好きです。
消滅則はX線構造解析の本とか、結晶構造学の教科書では説明されているはずです。本格的にはX線構造解析の専門書(例えばカリティなど大学の図書館で学びました)で学ぶべきでしょうけど、私は持っておりません。普通の目的では固体物理学の中で扱われていることで十分だと思います。
キッテル「固定物理学入門」(丸善)第5版
の第2章で扱われております。最近の版では違う章になっているかもしれません。この辺りは私が若いときに学んだものなので、今ではもっと新しいものがたくさんあると思いますが。
Q. 今回の講義内容は工学分野出身の私にとってはまだ知識が十分足りない分野に関するものであったため、今回の講義だけではあまり理解を深めることができませんでした。今回の内容に関して参考となる・おすすめの著書などあればご教示ください。
A. 基本原理を系統的に学ぼうとすればやはり固体物理学の教科書ということになります。先に述べたキッテル「固体物理学入門」が標準的です。その他大学の書店で探すとたくさんの入門書が並んでいますが、
アッシュクロフト・マーミン「固体物理学入門」(吉岡)
がお薦めです。
Q. ご講義中に「群論」に関して言及されていたと記憶しております。逆格子空間において、周期ポテンシャルの効果を考慮しても縮退が解けない点があり、その説明には群論を用いた対称性の議論が必要、とのお話だったと思います。
ご講義を聞き、また物性物理学を独学中というのもあって、群論は避けて通れないとの思いを強く致しました。よろしければ、物理学における群論の利用?に関して、アウトラインを示していただけますと幸いです。独学のしるべとさせていただきたく思っております。
よろしくお願い致します。
A. この辺りはどうしても高度な専門書になり、学習に時間がかかります。その中でも目的を絞ってアクセスしやすいものとして、
バーンズ、中村訳「物性物理学のための群論入門」(培風館、1983)
があります。ただ、これとて群論の入門用で、バンド図を描いたときの表現方法を知ろうとすると不十分です。
J. F. Cornwell, Group Theory and Electronic Energy Bands in Solids, (North-Holland, 1969)
M. Lax, Symmetry Principles in Solid State and Molecular Physics, (Wiley, 1976)
とかがあります。
Q. 逆格子空間・波数空間の概念にまだ習熟できておらず、フェルミ球やブリルアンゾーンの図、バンドダイヤグラムを見たときに今一つ実空間との対応がイメージできていないのですが、何か抑えておくべきポイントや勉強が必要なことなどがあればご教示ください。
A. 実空間と違って、逆格子空間は見えないのでイメージは難しいですね。私の場合、逆空間は、名前の通りいつも逆をイメージしているのですが。時間的にパルス関数であれば、逆空間では振動数が一様分布のもの、逆に逆空間でパルスのものは実時間では単振動になる、というように。あまり助けになりませんが。ブリルアン・ゾーンに関しては
柳瀬「ブリルアン/ゾーンとは」パリティ物理学コース、(丸善、1997)
があります。実際のところ、自分の手と頭を使って計算して初めて理解するというのが本当のところと思いますが。
Q. 波数kには、一定の長さにおける波の数、運動量、位相変化量、と色々な物理的意味を考えることができるかと思いますが、エネルギーバンド図における横軸kの時のkはどのようなイメージで捉えるのが良いでしょうか?例えば、波の数とした場合、(-π/a)≦k≦π/aと考えると、数にマイナス?となってしまいます。それともあまり物理的意味に捉われない方が良いでしょうか?
A. 回答はこちら
テーマ:密度汎関数法 講師:赤井 久純(2024.5.13)
Q. 密度汎関数法の数学的基礎について興味を持ちました.もしよろしければ参考文献の情報をいただけると幸いです.
A. 洋書になりますが
R.M. Dreizler and E.K.U. Gross, Density Functional Theory (Springer-Verlag, Berlin, 1990). 大学図書館等ではかならず置いています.
日本語での解説は色々あると思いますが,あまり目を通していません.例えば
「密度汎関数法の発展」赤井久純・白井光雲(著,編集),丸善出版
を見てみてください.
Q. 局所密度近似について、本来、交換相関エネルギーは系全体で決まるものであるので、局所的な交換相関エネルギーという概念はなく、あくまで近似であるという話だったかと思います。LDAもGGAも局所近似ということを考えると、GGAの方が良いように思えたのですが、LDAの方が良い場合というのはどのようなケースが考えられるのでしょうか。
A. 確かにGGAの方が平衡格子定数に対して良い結果を与える場合が多いと言えます.これはGGAの方が相関効果を少し抑える働きをして,LDAで過大評価してしまっている遮蔽効果を少し補正してくれるからです.ただし,常にGGAの方が良いかというとそのようなこともなく,系によってはGGAではうまく行かないというような場合も出てきます.例えば遷移金属系で言えば3dではGGAの方が良い結果を出します.4d,5dになるとd軌道の局在性が悪くなるため,LDAによる遮蔽効果の評価がむしろ正しくなってくるような場合があります.
Q. DFT計算では、最初にVeffの初期値を設定し、それをコーンシャム法の連立方程式を解きながら繰り返し更新していき更新量が一定以下に収束したら計算を終了するとのご説明でした。実際の計算では、Veffでなく電荷密度を更新しているという認識でよいでしょうか。(Veffの各項が電荷密度の汎関数となっているため。これがSCF計算を指していると認識していました。)
A. Veffとnは一対一に対応していますので,どちらを更新しても同じ結果になります.計算コードへの実装はどちらの流儀もあります.例えば,公開しているKKR Green関数法パッケージではVeffを更新しています.
Q. 実際の論文でもLDAとGGAを併記しているものが多数ありますが、その二つの違いからどのようなことを読み取ればいいのでしょうか?
A. 現在出版されている論文のほとんどはLDAやGGAあるいはその拡張等を議論したもの以外はあまり何も考えずにLDAやGGAが使われています.重要なのはLDAとGGAあるいはそれらの種々存在するパラメター化に関して,同じものを使って種々の物理量が計算されているかということです.LDAもGGAも大きな系統誤差を含んでいますから,異なったタイプのLDA・GGAの結果を比較することはできませんし.どのタイプのLDA・GGAがより実験値に近いかを議論することもあまり意味がありません.意味があるのは決まったLDA・GGAのパラメータ化を用いて化学種を変えて計算した時の結果の系統性だと言えます.このような系統性に対して,LDA・GGAは比較的健全な結論を導きます.
テーマ:KKR法 講師:赤井 久純(2024.5.27)
Q. t, v, g, T等の素性があまり理解できておらず、質問させていただきます。Lipmann-Schwinger方程式との対応関係はありますでしょうか。その場合、G_0=1/(E-H±iε)がg, 1つのマフィンティンポテンシャルVがvと同一視でき、そこからマフィンティンポテンシャルにおける散乱行列t, 及び結晶中での散乱行列Tが定義できると考えてよろしいでしょうか。
A. その通りです.ただしHとしては自由空間のハミルトニアンになります.結晶全体による散乱行列Tは一つのマフィンティンポテンシャルからの散乱tが分かれば多重散乱を計算することによって決めることができます.
Q. マフィンティンポテンシャルを考えるのは、十分遠方で散乱電子の波動関数が自由電子に漸近することが保証されるからでしょうか。(自分の理解では、通常のクーロンポテンシャルだと、散乱電子の波動関数は厳密には自由電子に漸近しないと思っております)
A. マフィンティンポテンシャル模型では結晶全体をマフィンティン球の集まりとして記述いたします.シュレディンガー方程式(コーン・シャム方程式)は局所的な方程式ですからマフィンティン球の中でそれを解けば正しい解になっています(しかしそれだけでは境界条件が満たされませんのでグリーン関数法によって正しい境界条件を満たされるように調整いたします).したがってシュレディンガー方程式を解いているのはマフィンティン球内だけです.その時マフィンティン球外のことを考える必要はなく,球外はポテンシャルがゼロの状態が設定され1/rタイプのポテンシャルが無限遠点まで続いているわけではありません.球外では波動関数は位相シフトがありますが自由電子のものにつながっています.
Q. Green関数Gが一体のGreen関数G_Sと境界条件G_Bで書かれるということでしたが、これは散乱項∫dr GVψ(r)でV=Σ_n v(R_n+r_n) (R_nは格子ベクトル)のように書いたときに、
∫dr G[Σ_n v(R_n+r_n)] ψ(r)=Σ_n ∫ dr_n Gv(r_n)ψ(r)
のように書けるから、と考えてよろしいでしょうか。
A. 結晶中の電子のグリーン関数が一個のポテンシャルのグリーン関数GSと境界条件を満足するように加えられるGBとの和で書けるというのは次のようなことです.
 マフィンティンポテンシャルの置かれた格子点をRn,マフィンティン球内で原子核から見た電子の位置をrと書いた時,グリーン関数G(Rm+r, Rn+r’)は
G(Rm+r, Rn+r’)=δmn GS(Rm+r, R m+r’) + GB(Rm+r, R n+r’) 
と書けるということです.ここでGS(Rm+r, R m+r’) は
(E – H ) GS(Rm+r, R m+r’) = δ(r – r’)
というグリーン関数が満たすべき方程式を満たせば,右辺のデルタ関数が効いてくるのはn=mの時だけですから,この項だけで既に結晶中の正しいグリーン関数になっています(これはただ一個のマフィンティンポテンシャルに対する問題ですから,簡単に解くことができます).ただし,この解は境界条件に関しては何も課しておらず,結晶が満たすべき境界条件を満たしているとは限りません.一方,GB(Rm+r, R n+r’) は
(E – H) GB(Rm+r, R n+r’) = 0
というシュレディンガー方程式(コーン・シャム方程式)の解であり(したがってグリーン関数ではない)GS(Rm+r, R m+r’) に任意に足すことのできる斉次方程式の解になっています.この解は,多重散乱を記述する散乱振幅Tから求めることができて,GSとGBの和を作ると実はそれが結晶全体で境界条件を満足するグリーン関数になっているという仕組みです.
Q. CPAでは不規則に並んだ不純物をシミュレートするとのことでしたが、2つ以上の原子が規則的に並んだ状態はKKRグリーン関数法の適用範囲内ということでしょうか。その場合、最初に作成するポテンシャルはどのように作るのでしょうか。
A. 2個以上の原子が規則的に並んでいる場合は通常の電子状態計算ですので当然ながらKKRグリーン関数法で普通に計算できます.最初に作成するポテンシャルも原子を規則的に配置してそれによって生じる電荷分布を重ね合わせて作成いたします.
Q. 資料1-P12 散乱のt行列のところで、例えば一回散乱される場合の確率がvですが、その場合1回散乱された後そのまま散乱されずに抜ける場合ともう一度以上散乱される場合の両方が含まれており、他の項と重複が生じるように思うのですが、どう考えておけばよろしいでしょうか。電子の移動する距離のようなパラメータが暗に含まれているようなイメージでしょうか。
A.一回散乱の確率の確率振幅はgvgと表されますが,gはポテンシャル等によって電子が全く散乱を受けずに伝播する確率振幅を表しております.したがってここで言っている一回散乱gvgには文字通りただ一回だけの散乱の確率振幅が入っており重複は生じません.ポテンシャルレンジの中で散乱を受ける位置に関しては様々な位置があり得るわけですが,gvgの中にはそのような異なった位置で散乱を受ける確率振幅が全て足し込まれています.つまり座標表示で表した時にはそのような積分がgvgの中には暗に含まれております.
テーマ:FLAPW法 講師:小口多美夫(2024.6.3)
Q. FLAPW法での計算で時間がかかる要因として、基底の設定の仕方がある、とのご説明があったかと思いますが、コーン・シャム方程式を近似無しで解くことも、他の手法に比べて時間がかかる要因になるのでしょうか?
A. 手法の詳細にまでご興味をもっていただきありがとうございます。
擬ポテンシャル法では基本的に平面波基底だけを用いているため行列要素の計算が簡単になることが一番の違いです。行列要素の計算は通常、行列の対角化のところで基底関数の三乗の演算数となりますが、擬ポテンシャル法では非局所項の工夫[Kleinman-Bylander, Phys. Rev. Lett. 48, 1425 (1982)]や繰り返し法の併用によりその冪(べき)を落とすことができます。FLAPW法でも繰り返し法を用いる手法の提案[Soler-Williams, Phys. Rev. B 42, 9728 (1990)]がなされ、我々もその手法を試みましたが精度の問題から通常の行列の対角化(N^3演算)にとどまっています。加えて、行列要素構築時の前因子の負荷が高く全体として計算時間を要しています。このため、可能な部分(k点ループ、逆格子展開ループ)でのMPI並列化や、対称性の考慮による展開項数や演算数の削減(係数が0になる項や別の項と値が同じになる項をあらかじめ展開項に含めない等)を行っています。より詳細には、擬ポテンシャル法でなされている高速化について、その手法の専門家(森川先生他)に聞かれるのもよいかもしれません。
テーマ:マテリアル・インフォマティクス 講師:小口多美夫(2024.6.24)
Q. 計算機の進化により、AIが人間の能力を完全に凌駕する日が近いという議論もあるかと思います(いわゆるシンギュラリティ)。計算機科学を研究されている研究者の肌感覚として、上記のような言説について、どう思われますでしょうか?
A. 皆さん、いろいろな立場でそう心配されているかと思います。まず、物質・材料の空間はたいへん広いこと(組み合わせの世界なので)、この意味で我々の持っているデータは今のところたいへん限られていることから、既存データに基づくAIである限り簡単にはそうはならないだろうと個人的には思っています。ただし、AIが現実的で精密なシミュレーションと連携することでデータ生成が行なわれるようになった場合にはこの限りでなく、簡単に思いつく物質・材料の範囲はAIによって徐々に埋められていくのではと想像します。したがって、我々人間にはより創造性の必要な領域での研究が重要になるでしょう。
Q. アルミナの構造についての話が非常に興味深く、ご講義ありがとうございました。質問なのですが、座標としてC1~C5の5個が取り上げられているのは、1~5番目の固有値に比べ、6番目以降の固有値が0に近く無視できるからでしょうか。関西の都市間の距離の例では当然3番目以降の固有値はほぼ0になるということですが、アルミナの構造の場合にも、6番目以降の固有値はきれいに0になるのでしょうか。また、大変難しいとは思うのですが、アルミナの構造が5次元で説明できる直観的・物理的な説明はありますでしょうか。
A. 構造の空間は元々多次元ベクトルで表されているので、問題はいくつの成分(主成分)でその構造間の距離関係が近似的に再現できるか(固有値の和が示すproportionと呼ばれる)になります。この意味で、5つの主成分では100%proportionとなるのではなく、およそ90%の情報を含んでいます。一方、関西の都市間の距離は元々2次元平面の地図での距離ですので、2つの成分で完全に再現できます。一般の多次元ベクトルの場合に、いくつの成分で距離を再現できるかは、そもそもどんな問題であるのかはもちろんのこと、どんな特徴量を使うのか(ここではF-fingerprintを使いました)、ベクトル間の距離をどう測るか(ここではユークリッド距離とコサイン距離を使いました)に大きく依存します。マップを作る意味では、特徴量と距離の選択はできるだけ少ない成分で再現できるものを選ぶべきではありますが、選ばれた主成分の解釈性をどうするかも次元削減の方法を選ぶ判断基準になると思われます。ここでは簡単な多次元尺度構成法(multi-dimensional scaling)を用い主成分の意味づけも考察しました。
Q. マテリアルの視点のMIに関しては前々から興味があり今回の内容は非常に導入における内容で理解しやすい内容でした。一点気になった内容があり、MIによる安定構造の早期探索で導き出された答えとそれを製作するプロセスの技術レベルは現在の産業、研究領域で釣り合っているのでしょうか。MIでの回答結果をすべて現実世界で短期で再現できるのか疑念があります。
A. 実際の物質・材料の作製にはそのプロセスが重要となります。また、お話した範囲はあくまでも内部エネルギーに基づく熱力学的安定性から判断していますので、実際には有限温度の効果(自由エネルギーでの議論)も必要になります。今後、手法の拡張・改良により徐々にいろいろな効果やプロセスを考慮した構造探索手法に発展していくものと期待されます。
Q. マテリアルズインフォマティクスのサービスを提供する企業、ソフトウエアを提供する企業が増えてきているように感じますが、これまでマテリアルズインフォマティクスを実践されてきた方々は自分でプログラムを組んで検討してきたと思っています。これらのサービスを利用して中身は実質ブラックボックスのまま材料開発を進めることはリスクに感じる一方で、プログラム構築にかかる時間を大幅に削減できるメリットがあると思います。最後のスライドで材料開発に携わる技術者にとって重要なことは、何を入力として使用し、出てきた結果から何を読み取るかであるとの言葉をいただいていましたが、使用する道具(=マテリアルズインフォマティクスのプログラム/ソフト/サービス)について、どこまで気にして選ぶ必要があると考えられますか?
A. マテリアルに関わるソフトウエアが巨大化・複雑化し、ユーザーからは単にブラックボックスとなってきていることは確かに危惧すべきことです。この状況で重要なことはソフトウエアの開発側とユーザー側の関係であり、密にコンサルテーションができ、ソフトウエアの利用に関してフィードバックがうまく掛かるようにしておく必要があります。この時、知財に関する問題が生じる可能性があり、コンサルテーション契約の段階でこの辺りをしっかりと取り決めておくことも重要になると思われます。
Q. 講義の中のNaClの構造の最適化計算において、Na8Cl8と1セル当たり16元素で計算をされていたかと思います。元素の数が多くなると計算量が多くなることは理解できるのですが、実際に最適化する上で何を意識して1セル当たりの原子数を決めればよろしいでしょうか?
A. 原子数は構造における配置の組み合わせ数に直接関わるので、原子数とともに計算量はすぐに膨大な量となってしまいます。現実的には計算機資源と研究の緊急度により総計算量の上限が決まるので、単に原子数を増やすことは効果的ではありません。そこで、構造空間に制限を加えるなど必要に応じて何らかの効率化や情報の粗視化が必要になります。
Q. 第一原理計算を用いて特性をSimulationすることはかなり興味深い内容でした。特性という部分を改め定義するところがあまりイメージできなかったのですが、例えば移動度がどれだけほしいや硬度がどれだけ欲しいといった表現なのでしょうか
A. ここではデバイス等で使われる物性を一般に特性と呼んでいました。もちろん、物性値によっては第一原理計算だけで直接的に評価することが難しい場合もしばしば起こります。このときは、電子状態の情報からのいくつかの追加計算やモデルとの組み合わせ計算が必要となります。最近は、スケールや物理原理の異なるシミュレーションを連結する多階層シミュレーションの試みも始まっています。
テーマ:量子化学計算 講師:奥村光隆(2024.7.1)
Q. CVD成膜時の表面吸着反応を計算する上で、モデルにする表面のサイズは最低限どれくらい必要でしょうか?
A. 単一分子の吸着を取り扱うのでしたら、最低限分子間の相互作用が無視できるくらいのサイズが必要になるかと思います。
Q. p66, p67あたり。多段反応をシミュレーションしようとすると、反応物、生成物、中間体すべてが事前にわかるもしくは予測がついていないとできないでしょうか。
A. 多段階の反応では、ある程度有機化学の知識を使って反応経路を予測しながら検討する必要があるかと思います。ですので、トライアンドエラーが必要なことが出てきます。
Q. P61のvdW力を考慮するときのように、吸光スペクトルを計算するときの最低限必要な設定などはあるでしょうか。背景として、社内でGaussianのTDDFTで樹脂分子鎖の紫外線吸収スペクトルを計算してもらったことがありますが、ピークの位置が実測から数10nm外れるなど定量的に良い結果にならなかったので改善につながるアドバイスをいただきたいと考えています。
A. ある程度、類似の分子で汎関数、基底関数の選択をチェックする必要があるかと思います。ただ、数十nm程度のずれは、どうしても出ると思います。
Q. NiAu触媒の研究について、P93で「Au-Ni表面では水素分子の不均一乖離は起こらない」ということが平面波での計算により分かったとのことでしたが、「低配位NiサイトはDCEを吸着し、塩素脱離を促進する」に関しても反応機関をAuNiクラスターで計算する前に、何らかの計算から予測されたのでしょうか、それとも実験等により予測された結果でしょうか。計算の場合、どのように結果にたどりついたかが気になり質問致しました。また、「水素分子の均一乖離は容易に起こる」、「ジクロロエタン(DCE)はAu-Ni表面に吸着しない」に関しても、同様にご教示頂けますと幸いです。
A. DCEの塩素脱離に関しても、平面波の計算で塩素脱離が起こりそうなことを得ていました。その事実を共同研究者と議論してHCLが反応に関係している可能性があるという結論に至りました。水素分子の均一乖離は、計算結果からそうなっていることがわかりました。DCEは、いくつかの吸着点を検討して、結果として、低配位サイト以外では吸着しないことを確かめました。
テーマ:データサイエンスの計算物質科学への応用 講師:南谷英美(2024.7.22)
Q. パーシステントホモロジーを活用することで、これまで構造の特徴を捉えることが難しかった中距離秩序を持つアモルファス状態等の構造を特徴づけられるという点が有用だと理解しました。結晶中の欠陥等の表現もできるというイメージで合っておりますでしょうか。また、パーシステントホモロジーを適用する対象は、計算によるシミュレーション構造以外にも例があるのでしょうか。
A. 結晶中の欠陥についても、原理的には何らかの表現を得られると考えられます。しかし、パーシステントホモロジーでは、例えばfcc構造とhcp構造を見分けられない場合もあり、結晶に応用する場合は、他の方法と比較して優位性があるかどうかを注意深く調べる必要があると思います。パーシステントホモロジーの適応対象としては、3次元での原子座標を対象とする場合は、シミュレーション結果が主になります。しかし、他のデータに適応する場合は、シミュレーション以外の実験結果にも広く使われています。講義では詳しく扱いませんでしたが、画像データでの繋がり具合(たとえば白黒画像の場合には白や黒の島の広がり方の情報)の解析にパーシステントホモロジーを使う方法があります。こういった画像に対する解析の場合は、光学顕微鏡像や、TEM/SEM像などの実験的に得られる画像データに応用される場合も多いです。
テーマ: ナノ混晶による新機能デザイン 講師:赤井久純(2024.10.7)
Q. 薄膜の積層構造における電気伝導率の計算の際に、特定の方向には周期的境界を使わずに計算できた方が良いと思いますが、本講義で紹介されたAkaiKKRでは可能でしょうか?また、電気伝導率は薄膜に関して水平方向と垂直方向に分けて計算可能でしょうか?
A.
1.通常の固体で不純物散乱や不規則合金等での散乱を扱う場合には周期的境界条件は必然的につぶれております.ただし不規則合金の場合には配位に関して確率的に平均をとる操作の結果周期性は復活いたします.
2.GMR/TMR素子のような構造を持つ場合には両端に長いリードをつけて計算しますが,リード部分までを含めた全体を大きな一つのユニットセルとして,普通はそれが周期的にならんだ構造で計算します.一つのユニットセルを不純物セルとしてリードの中にそれを埋め込んだ計算をすることも可能です.このときは周期性はありません.
3.電気伝導度は水平方向,垂直方向など任意の方向に別々に計算することができます.
テーマ: 励起状態ダイナミクスシミュレーション 講師:宮本良之(2024.10.21)
Q. 間接交換相互作用のような励起状態を介する磁気的相互作用を考慮して安定なスピン配置を計算することは可能でしょうか?幾何学的フラストレーションを持つ系での磁気構造を計算できると興味深いと思いました。
A. 残念ながら、通常の密度汎関数理論の枠組みであるTDDFT計算ではスピン間相互作用の厳密な扱いができないのですが、ご質問の内容に関しては既にスピン間相互作用をモデル化した理論が発達しているようです。フラストレーション系でのダイナミクスなど計算されているようですが、時間スケールがこの度の講義の事例よりは遥かに長くてなるようです。
Q. 講義の中で、αクォーツにレーザー強励起を起こすと、パルス幅によっては水素が蒸発するお話があったかと思います。電子励起によって、原子位置が変わることが起因していると理解したのですが、水素が動いた理由としては原子質量が小さいことでしょうか?それとも結合力が弱いことにあるのでしょうか?理解を深めたいので、ご教授いただければ幸いです。
A. 確かに水素は原子質量が軽いので動き出しは早いですが、結合を完全に切ることができるかどうかは、化学結合が完全に切られたかどうかで決まります。電子励起は、レーザーパルス幅が短くパルス強度が大きいと一般によく起きるようです。(ただしレーザー波長がある励起準位と共鳴していない場合)
 化学結合力の強弱と電子励起による結合の壊れやすさにはあまり相関が無いようで、αクォーツ表面のOH基のO-H結合は強い結合ですが、電子励起では壊れやすい結合力でした。
テーマ: 省エネルギー・創エネルギーデザイン 講師:吉田博(2024.11.18)
Q. スピノーダル分解とスピノーダルナノ分解の違いを教えていただきたいです。 スピノーダル分解はマクロなサイズ(マイクロメーターやミリメータ)でも、水と油のような混じり会わない物質を混合すると非平衡状態で生じます。アルニコファイブという磁石などでは強い磁石を作るためスピノーダル分解によってサイズの小さい磁気ドメインをわざと作り、磁石の強度をあげていました。
A. スピノーダルナノ分解はこのようなスピノーダル分解をナノメートルサイズで起こさせることにより、ナノサイエンス・ナノテクノロジーのための新機能を実現しようというものです。例えば、触媒などは数ナノメートルサイズでしか機能が出ず、バルクでは触媒とならないためにスピノーダルナノ分解を利用しています。スピントロニクスや太陽電池などでもナノスケールサイズのスピノーダル分解によってエレクトロニクスとしての機構や発電機能を向上させたり、また、InGaNのようにスピノーダルナノ分解によって生じる自己組織化量子ドットによる発光機能の強化と高効率化を可能にしています。
Q. 太陽電池中の触媒にスピノーダルナノ分解の起こる材料を用いることの利点を教えて いただきたいです。温度変化によりスピノーダルナノ分解が自発的に起こり、外部からの エネルギー等は必要なく触媒として作用するという点でしょうか。
A. 講義で行った太陽電池中のスピノーダル分解と三方触媒におけるスピノーダルナノ分解でナノ触媒を作る話は全く別のものです。太陽電子材料では高濃度の原子空孔がスピノーダルナノ分解を起こしタイプIIの半導体領域のナノスケールでの相分離(スピノーダルナノ分解)が生じて、電子と正孔が実空間で分離して移動して、再結合しないために高効率化するという話です。一方、Fe系ペロブスカイト酸化物に固溶した貴金属のスピノーダル分解によりナノスケールの貴金属原子を相分離析出させ、それらを使って排気ガスの触媒機能を創出するという話です。
Q. スピノーダルナノ分解の起こる材料の設計は、これまでの知見と計算を合わせて行っ ているのでしょうか。
A. 理論計算で混合濃度(X)の関数として混合エネルギーをE(X)を計算し、自由エネルギー、F(X) =E(X) ―T・S(X)、を計算し(S(X)はエントロピー)、温度Tを変えてF(X)を計算し、プロットして上に凸の関数になればその領域がスピノーダル領域なので、急冷すれば、非平衡条件下でスピノーダル分解が生じます。急冷のスピードをコントロールスことにより、スピノーダル分解の結果生じる濃淡領域のサイズをコントロールすることが出来ます。経験的知見を用いなくても、原理的には原子番号だけを入力パラメータにして、第一原理計算からスピノーダル分解の予測と、多階層連結シミュレーションにより、その結晶成長過程もシミュレーションすることが出来ます。
テーマ: 半導体デバイスにおける界面デザイン 講師:金田千穂子(2024.11.25)
Q. 最後のセクションで熱伝導率の評価においてPaticipation Ratioが記述子として採用されてましたが,その他の記述子も検討された中で一番相関が高かったのでしょうか? 色々と試行錯誤された経緯などあればご教示いただけますと幸いです.
A.講義では、記述子としてPaticipation Ratioのみを用いた結果について紹介しましたが、Paticipation Ratioと積層周期を組み合わせる場合やその組み合わせ方(単純な線形結合ではない関数系を使う)などについても検討しました。これらの検討については詳しい説明はしませんでしたが、講義資料のp.71に、「Pz,avr(Paticipation Ratio)をmodifyしたものを記述子として用いると、κ(熱伝導率)との間により良い相関が得られる。」という記述を入れてあります。他のグループの研究でも、複数の記述子を組み合わせる方法が検討された例があります。
テーマ: 分子エレクトロニクスデザイン 講師:森川良忠(2024.12.23)
Q. 弱い相互作用を計算に取り入れるのが難しい理由はどういったところにあるのでしょうか。
A. 弱い相互作用は化学的結合よりも長い距離離れた原子間に働く相互作用で、これは主として分散力(ファン・デル・ワールス相互作用の引力部分)による引力と、電子密度の薄くなっている裾野あたりが重なることによるパウリ反発によるものです。
分散力は離れた分子同士に働く引力的相互作用で、主として、分子内での電子の揺らぎによって一時的に生じた電気双極子と、それによって相手側の分子に誘起された電気双極子の間に引力的な相互作用が働くことに起因しています。
従来のエネルギー汎函数は局所密度近似(LDA)あるいは一般化密度勾配近似(GGA)がよく使用されていますが、これらは、ある場所での電子の密度と勾配の関数としてエネルギーを計算しますので、離れた電子間の相関相互作用は本来記述できないものになっています。
また、金属結合や共有結合、イオン結合のように、原子間の電子の重なりが大きい領域で結合ができますが、そのような電子密度領域について、従来のエネルギー汎函数が最適化されています。
一方、ファンデルワールス的に相互作用する分子間では、分子の電子密度が小さくなる裾のあたりの電子の重なりあう状況になっていますが、電子密度の薄くなる裾野あたりは、非常に電子密度が小さいですので(添付ファイル参照)、従来のLDAやGGAでは最適化されていない密度領域になります。そのため、弱い相互作用の
記述は不正確になってしまいます。

